高天原と黄泉の国の関係は?イザナギの「離婚」が生んだ人間の寿命と生死のルール

高天原

「死」があるから「生」が輝く?神話が教える世界の仕組み

「高天原(たかまがはら)」が神々の住む明るい理想郷だとしたら、その正反対にあるのが、死者の住む暗い地下世界「黄泉(よみ)の国」です。

天国と地獄のように、全く別の世界だと思われがちですが、日本神話においてこの二つの世界は、切っても切れない深い関係にあります。
実は、私たちが死ぬことになっているのも、毎日新しい命が生まれるのも、この二つの世界の境界線で起きた「ある夫婦喧嘩」が原因なのです。

今回は、高天原と黄泉の国の関係性と、そこで描かれたドラマについて解説します。少し怖いけれど、知れば「生きている時間」がもっと愛おしくなるお話です。

愛する妻を迎えに…そして起きた悲劇

高天原と黄泉の国の関係を語る上で欠かせないのが、国生みの夫婦神、イザナギとイザナミの物語です。

火の神様を産んだ火傷が原因で死んでしまった妻イザナミ。夫のイザナギは、彼女を忘れられず、禁忌を犯して黄泉の国へ迎えに行きます。
しかし、そこで見たのは、腐敗しウジが湧いた変わり果てた妻の姿でした。

「見るなと言ったのに!」

怒り狂ったイザナミと、恐怖で逃げ出すイザナギ。
この追いかけっこが行われたのが、現世と黄泉の国の境界とされる「黄泉比良坂(よもつひらさか)」です。
このエピソードは、生者(高天原側)と死者(黄泉側)は、決して交わることができないという「絶対的な断絶」を象徴しています。

その時、私たちの「寿命」が決まった

イザナギはなんとか黄泉比良坂を抜け出し、巨大な岩(千引の石)で道を塞いで、妻との永遠の別れ(事実上の離婚)を宣言します。
その時、岩越しに交わされた会話が、今の私たちの運命を決定づけました。

イザナミ(黄泉):「こんなひどいことをするなら、あなたの国(地上)の人間を1日に1000人殺してやる」
イザナギ(高天原):「それなら私は、1日に1500人の子供が生まれるように産屋を建てよう」

衝撃的ですよね。これが、日本神話における「死」と「誕生」の起源です。
黄泉の国の力によって私たちは必ず死にますが、高天原の力によってそれ以上の新しい命が生まれ、世界は続いていく。
この「1000人死んで1500人生まれる」というサイクルこそが、高天原と黄泉の国が作り出した世界のルールなのです。

黄泉の汚れを落としたら、最高の神様が生まれた

物語には続きがあります。
黄泉の国から逃げ帰ったイザナギは、「なんて汚い国に行ってしまったんだ」と、川で体を洗って禊(みそぎ)をします。

すると、その洗った目や鼻から生まれたのが、あのアマテラス(太陽)、ツクヨミ(月)、スサノオ(嵐)の三貴子(さんきし)でした。

これ、すごく象徴的だと思いませんか?
「死(黄泉)」という強烈な体験をして、それを乗り越えて清めた(禊いだ)からこそ、最も尊い「光(アマテラス)」が生まれたのです。
ただ明るいだけの高天原ではなく、深い闇を知ったからこそ、光のありがたみが際立つ。そんなメッセージを感じずにはいられません。

現代に生きる私たちが学べること

私は辛い別れや失敗(=人生の黄泉比良坂)を経験したとき、よくこの話を思い出します。

「今は泥まみれで真っ暗だけど、これを洗い流せば、次はもっとすごい自分(アマテラス)が生まれるかもしれない」

黄泉の国は怖い場所ですが、新しいステージへ進むための通過儀礼のような場所なのかもしれません。
私たちは、高天原のポジティブなエネルギーと、黄泉の国の終わらせるエネルギーの両方を受けながら生きています。

「終わりがあるから、始まりがある」。
そう思うと、死への恐怖が少しだけ和らぎ、今日という一日を精一杯生きようという勇気が湧いてきませんか?

まとめ:光と闇はセットで世界を作っている

高天原と黄泉の国の関係について解説しました。

  • 黄泉比良坂は、生と死の絶対的な境界線。
  • イザナミの呪いとイザナギの誓いで、人間の生死のサイクルが決まった。
  • 黄泉の汚れを祓うことで、最高神アマテラスが誕生した。

高天原を見上げるとき、足元にある黄泉の国のことも少しだけ思い出してみてください。
光と影、その両方があるからこそ、私たちの世界はこんなにも立体的で、ドラマチックなんですから。

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